特集 売買仲介の「不動産DX」 中小企業は、不動産DXを導入するべきか

数年後、DXは当たり前に その時、消費者の支持を得るために

住宅・不動産総合研究所 理事長
吉崎 誠二

 DX化が最も遅れている業界の1つと言われていた不動産業界ですが、5年くらい前から徐々に変化が見られ始めました。更に、新型コロナウイルスのまん延、それにともなうビジネス環境の変化が、一時的なものではなく恒久的になったことで、業界内のDX化は一気に進みました。


 大手企業やテックを前面に訴求した不動産ベンチャー企業はいち早くDX化の波に乗り、業務上の大半の領域で欠かせないツールとして浸透しています。今や、不動産ビジネスは新しいスタイルに変わりつつあります。

加速するDX化に乗れない

 菅内閣時代にデジタル庁が創設され、デジタル改革推進関連法案が21年5月に成立するなど、国を挙げてDX化を推進している中、さらには新型コロナウイルスの影響などにより業界も急変しました。
 一方で、一般的な「不動産業」「宅建業」と呼ばれるビジネスでは、「人的つながり」が根本にある側面は、否めない事実です。そのため、中小不動産企業や地方を商圏としている企業では、「DX化は大手が導入するもの」、「我々の業界ではデジタル化は適合しない」と言う経営者・経営幹部も多く、まだまだ「旧来のスタイル」で不動産業を営んでいる企業が、多くみられます。
 地方の不動産系の協会団体や商工会議所などに呼ばれ、年間多数の講演をしていますが、参加企業からは、「DX化を推進したい」と思っても、「ふさわしい人材が社内にいない」、「費用が捻出できない」、「何から始めたらいいのか……」という声を聞きます。でも、悩んでいるうちに、業界の大きな変革に乗り遅れてしまうことになるかもしれません。

 

大手企業の地方強化同一商圏の戦いに

 これからの地方不動産会社には、もう一つ不安な波が押し寄せてきています。
 近年、大手ディベロッパーによるマンション分譲の波は、大都市から地方中心へと波及しています。この傾向は、投資用マンションでも見られます。
 22年9月に発表された基準地価では、住宅地の全国平均は91年以来、31年ぶりにプラスとなりました。これを都道府県別にみるとプラスになったのは19となり、これは過去15年で最多となりました。
 住宅地地価は大都市だけでなく、地方都市でも活況を呈しています。こうした流れの中で中古物件を扱う大手不動産流通業も、住宅価格が上昇すれば手数料も増えることもあって、地方都市での活動を強化しています。
 地方には、地域に密着した不動産会社が多くありますし、地域トップクラスの企業ではDX化を推進している企業も多いでしょう。しかし、中小不動産企業ではまだこれから、という企業が大半です。大手不動産総合企業は、徐々に地方都市にも進出してきますので、早急な改革が求められます。

 

業界内でのDX化の推移

 22年5月からの不動産取引における全面的なオンライン契約解禁が、業界のDX化の象徴のように見られますが、基本的には、「業務全体の改善・効率化の追求」がDXの柱です。売買・賃貸ビジネスを流れで見ると以下のように変化しました。

(1)プロモーション(集客)フェーズ
 ポータルサイトなどによる物件検索システムやオンライン価格査定のシステムの導入です。とくに集客においては、大手、中小、地方問わず以前からデジタル化が進んでいる領域でした。しかし、実際の物件査定など、現場に足を運ぶことはまだ必須でしょう。

(2)案内フェーズ
 VR内見、オンラインモデルルーム見学などで、新型コロナウイルスの影響で一気に広がりました。とくに、あまり細かく物件を見る方の少ない投資用物件の取引や、遠方の物件の取引、賃貸物件では、すでに一般化しています。一方で、中古マンションや中古戸建住宅では「実際に見てみたい」という消費者が多いようです。費用の面から、導入は大手企業が中心でしたが、費用を抑えたシステムも登場し、中堅企業も導入を進めています。

(3)契約フェーズ
 賃貸・売買とも全面的にオンライン契約が、22年5月以降解禁になりました。また最後まで残っていた、契約書類などのメールでの送付、電子押印解禁、宅建士のサインの廃止、などが進み、取引双方の合意があれば、ほぼ非対面でできるようになりました。今後、ジワジワと浸透し、数年内に一般化するでしょう。

 

増えるコストを抑えたサービス

 こうした流れが進むことで、「業務の効率化」が進むことは間違いありません。情報のストックが進むこと、企業内の管理担当のチェック業務が減ること、などすでに大きな改善が見られています。
 一方で、今まで以上に情報セキュリティの管理をしっかりしなければなりません。大手不動産企業では、システム会社に依頼し、その企業独自のデジタル化推進システムを構築、導入しています。自社の独自性に合致するシステム構築ができ、情報セキュリティを万全にするためです。
 しかし、現在では、様々なソフトウェア企業がしのぎを削り、システムのスペック向上と費用の低減が進んでいます。中小不動産企業においては、ソフトウェアの自社開発、独自開発が不要で、その分コストが安いシステムを導入することができるようになりました。また、利用企業側のシステム管理が不要で、ランニングコストを抑えたシステムが増えてきています。こうした情報にアンテナを張っておきたいものです。

 

消費者の支持を失う前に

 今後、消費者は「同じ費用を払うなら、より効率的でより便利な取引」を望むことは間違いありません。新たな仕組み、便利なシステムがジワジワ広がる時は、それをいち早く取り入れる企業と、そうでない企業があります。昨今の業界におけるDX化の波は、都市部・地方・大企業・中小企業を問わず不可逆的な流れであり、数年経てば「あたりまえ」になります。つまり、この流れに抗うことは、「時代に乗り遅れた企業」になるのではなく、「消費者の支持を失う企業」になるのかもしれません。

プロフィール:
吉崎 誠二 

不動産エコノミスト 船井総合研究所上席コンサルタント、ディーサイン取締役不動産研究所所長を経て現職。不動産・住宅分野のデータ分析、市場予測、企業向けコンサルテーション、CREコンサルティング、などを行う。