伊東は熱海駅からJR伊東線で約25分の、言わずと知れた温泉町である。古くは平安時代から湯治場として栄え、幸田露伴、川端康成、尾崎士郎などの文人が訪れたことでも有名だ。別府温泉・由布院温泉に次ぐ湯の湧出量を誇り、街なかには10軒の外湯(共同浴場)がある。贅沢なことに多くの温泉は源泉掛け流しだ。
しかし近年、温泉街は廃れ、多くの温泉旅館・ホテルが閉業した。「奇跡のV字回復」で再び人気の温泉街となった熱海と異なり、伊東はその恩恵にあずかっておらず、アーケード街はシャッターを下ろしたままの店も多い。しかしこの少しさびれた風情が、筆者には何とも魅力に思えた。その外湯のひとつ「松原大黒天神の湯」の向かいにある和食処「一粋(いっき)」は、知る人ぞ知る名店だ。駅から徒歩10分ほどの松原本町にある。仕事で縁のあった老舗旅館の館主から「ここは美味しいですよ」と教えていただいたのだが、実に素晴らしい酒場だった。新鮮な魚は病みつきになるほど美味く、しかも値段は手頃だ。
伊東の地酒 万大酒造あらばしり辛口を傾けつつ、新鮮な魚をいただいた。東京ではお目に掛かれないような珍味も多い。その筆頭はホシエイ肝刺し、初めて口にしたが濃厚で実に美味しい。かなりボリュームもある。そして金目のカブト煮(小)。これが「小」どころか十分に大きい。「大」は一体どうなってるんだろうか。続いて刺し盛をいただく。鮪・勘八・金目・鯖・鯵・飛魚・蛸・赤貝・帆立・烏賊の10種。鯖味醂干しも美味かった。まさに相模湾海の幸を堪能したといった感じだ。
おでんも美味しく、開業の昭和36年から引き継いだ鶏だしを使っているという。頼まなかったウナギ串(ヒレ・肝・かぶと)も評判だ。伊東の漁師飯「うずわめし」は、新鮮な宗田鰹と青唐とをタタキとしたものという。次はウナギと「うずわめし」にも手を伸ばしたい。(似内志朗)