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酒場遺産 ▶89 静岡 青葉おでん街 老夫婦が経営する「愛ちゃん」

 出張の帰り道、ふらり静岡の街を歩いた。静岡駅から北西方向に約15分歩いた辺りに「青葉おでん街」という 21の小さなおでん屋が軒を連ねる横丁がある。夜はひときわ明るく目立つ、昭和の匂いが一杯の一角だ。そのうちの一軒、老夫婦がやっている「愛ちゃん」に入った。戦後まもなく先代がリヤカーを引きおでんを売っていたが、1957(昭和32)年にできた「青葉おでん街」に店を構えた。今の店主は17年前に先代から店を引き継いだ。67年前からの建物はそのままで、店の軒の低さが何とも言えぬ郷愁と温かさを感じさせる。「愛ちゃん」とは先代の愛娘の名前から取ったという。

 静岡おでん独特の濃い味がいい。「愛ちゃん」のおでんのスープは、牛すじの出汁をベースに醤油、味醂、日本酒で味を調える。味が変わらぬように、「秘伝のたれ」の如く毎日のように継ぎ足しているという。大根、牛すじ、黒はんぺんが人気らしい。ステンレス製の大きなおでん鍋を覗くとスープの色の濃さに驚く。おでんは色の濃さの割には塩辛くなく、濃厚で美味しい。メニューには、こんにゃく、はんぺん、ちくわ、大根、さつま揚げなどの定番20種が書かれており、厚揚げ、餅巾着、牛すじ250円以外は全て150円。焼き物や漬物などの小皿料理も提供する。酒類は、麦酒中瓶650円、焼酎、日本酢、ハイボールなど一通り500円程度、ソフトドリンク類は300円程度と手頃だ。メニューは日英韓3カ国語で書かれていた。

 初冬の夜などは、暖かいおでんをつまみながら気分よく熱燗を飲んでいると時間を忘れる。筆者は約30年前若い時分、駅近くの公共施設の設計監理の仕事でこの街に度々来ていたが、こんな場所があるとはついぞ気がつかなかった。よく見れば、静岡には入りたくなるような酒場が山ほどある。駅寄りには「青葉横丁」という、この一角とよく似たおでん横丁がある。幸運にも明日は祝日だ。今夜はこの街に泊まろうと思う。(似内志朗)