今春、筆者は能登半島地震の関係で金沢に宿を取った。前泊した夜、片町から近江町市場などぶらり歩き宿に帰る途中、いい感じの看板が目に入り大衆割烹「山長」へ入った。道を挟んで東別院向かいの安江町にある。老舗を喧伝している風でもないのだが、創業61年(昭和37年創業)という。さすが金沢だ。肩に力の入らない普段使いの酒場とはこうした処かもしれない……などと古都金沢の歴史と懐の深さに触れた気持ちになった。職人気質の大将と明るく自然体の女将さんが醸し出すホスピタリティは心地よい。枝豆、茄子の胡麻味噌和え、薩摩揚げ揚げの突出し、地酒の萬歳楽「初音」はとても美味かった。小腹が減っていたので天ぷら定食を頼んだが、揚げたての天ぷらと白麹の味噌汁も唸るほどに美味しかった。食材は毎日、すぐ近くの近江町市場で買い付けているという。
酒も食も品ぞろえが豊富だ。日本酒は初音(白山市萬歳楽)の他、池月(能登町鳥屋酒蔵)、立山(立山酒造)、手取川・虹(白山市吉田酒造)など、セレクトされた地酒がそろう。ビール、焼酎の他、梅酒・珈琲酒・リンゴ種・バナナ酒などの自家製酒もあり。食は近江市場近くだけあり、海鮮を中心に豊富だ。刺身盛合せ、刺身類は単品でも頼める。天ぷら、季節ものの掻き揚げ、ふぐの粕漬、鯖の粕漬、カジキ唐揚げ、泥鰌唐揚げ、おこぜ唐揚げ、ふぐ焼き、ゲンゲンぼう干物(珍味らしい)、ホタルイカ干物、カキなべ、たら鍋、あんこう鍋。そして山長特製の牛筋煮込み、塩辛(驚きの味!という)、馬刺しなど。奥深い食文化の蓄積。そしてハイレベルな普通の店がさりげなく点在している金沢。叶わぬ夢かも知れないが、一度住んでみたいと思う街だ。 (似内志朗)