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酒場遺産 ▶53 金沢 赤城 無口な店主の酒場

 今回は金沢のディープエリアと言われる新天地「赤城」である。金沢駅近くに宿を取り、以前から訪れたかった犀川のほとりの谷口吉郎・谷口吉生記念金沢建築館をたっぷり見た後、犀川を渡り、片町の商店街の通りをぶらりと歩いた。そこから横道に入った繁華街に新天地はあった。戦後間もない昭和25年に兼六商業協同組合として発足し、その後、新天地商店街振興組合となったという。発足時は小料理屋・寿司屋・菓子屋・カフェ・料亭など65軒。新天地の精神的中心に1180年前に建立された「地蔵尊」があり、永く人々の尊崇を集めてきたという。ここは歴史の深い金沢のなかでも、とりわけディープな空気の漂う場所だ。「赤城」はそんな新天地にある、知らなければ通り過ぎてしまう地味な表情の酒場だ。昭和48年創業、ちょうど半世紀が経つ。

 赤城では、仕入れ・仕込み・料理を全て店主ひとりで切り盛りする。小さな引き戸を開けると、7人も座れば一杯になりそうな分厚い木のカウンター。まだ客のいない店で、ほとんど口を利かない無愛想な店主と一見の客である筆者の間には、しばらく居心地の悪い空気が流れる。「ラガーの中瓶ください」と言うと、無言でラガーとお通しが出てきた。お通しは芹胡麻和え・小海老唐揚・花見団子と意外に繊細だ。

 次に頼んだのは山菜天麩羅と立山熱燗。はじめ「蕗のとうの天麩羅いただけますか」と言ったが、無口な店主は「蕗のとうだけより山菜天麩羅がいいよ」とぼそり言う。ここは従おうと「じゃ、そうしてください」と応えると、竹ざるに盛った山菜を出してくれた。次に頼んだのが筍だが、朝方に店主が山へ行き、手彫りで収穫したものという。素晴らしく新鮮で美味い。筍の先端部を軽く茹でた「筍の刺身」も絶品だった。店主とも段々と打ち解けてきた。ぶっきらぼうだが本音は優しい職人気質の人だ。テレビでは鬼平犯科帳。臨席となった常連のシニア2人とも親しくなり、この街について様々教えていただいた。(似内志朗)