市場(マーケット)は調べるのではなく、創るものというのが近年の事業トレンドになっている。ログハウスを自宅として使うという従来にない発想からスタートしたBESS(アールシーコア)や、古い蔵を改装してホテルとして使う事業を始めたエンジョイワークスなどはその典型となる。
リブランの夜間でも楽器が弾ける〝ミュージション〟や新シリーズの〝ゲーミングマンション〟もマーケット創造型だ。ゲーム中の大きな音や声が近隣住戸へ漏れない高い防音性能と10ギガバイトの超高速インターネットを完備していることから〝ミュージションplus〟とも呼ばれている。
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マーケットを創るということは、まだこの世にない商品を生み出すことである。その意味ではかつての電話やテレビそしてスマホもそうだが、それらが〝科学技術〟の発達で生み出されたものであるのに対して、近年は〝感性〟が主役ともいうべきマーケットが生み出されている。
積水ハウスがその感性を6つの〝空気感〟というものに分類し、6棟のモデルハウスを茨城県つくば市の分譲地内に展示するという同社初の試みも感性マーケットの創造に挑むものだ。
では、感性とはなにか。人の感性はだいたい5歳ぐらいまでの間にその原型が右脳に出来上がると言われている。たとえば幼い時に川面の夕映えに感動したとすると、その感動が強烈であればあるほど、その感動を受け止めたときの受容体が強固な鋳型となって脳に残るらしい。それからはその鋳型にはまる対象(多くは自然現象)を求めて心が渇きを感じるようになるのだといわれている。
ただ、なぜその5歳の子供が川面の夕映えに感動したのかは分からない。おそらく人間が自然の一部で子供は大人よりも自然に近い存在であることが関係しているのだと思う。
解けない謎
科学技術がどんなに発達しても解き明かせない謎が2つある。一つはなぜ宇宙(この世)は存在するのかということ。もう一つはその有無も含めて人間の心の正体である。
心とみられるものが高度に発達した脳の働きの一種であることは確かだが、100億~180億もあるといわれる脳神経細胞がどのような情報伝達作業をすれば複雑な感情を生み出せるのかまでは解明されていない。
BESSの家を象徴するものに「薪(まき)ストーブ」がある。ユーザーは薪ストーブの炎のゆらめきを見ているとなぜか心が安らぐという。同じかたちが二度と現れない不思議な炎。その複雑で神秘的な揺らぎが宇宙という永遠の存在を思わせるからではないか。人間の心は宇宙に抱かれていると思いたい。
エンジョイワークスの〝古い蔵再生プロジェクト〟に大手広告代理店の電通が参画しているのは、これからはマーケットの主役が〝未体験の感動〟になることを見越してのことだと思う。あえて狭い蔵の中に泊まる心地よさを創出するプロジェクトは千利休の2畳の茶室を連想させる快挙である。
住まいは「人が主」と書くが、BESSの住まいも、リブランの「ミュージション」も「ゲーミングマンション」もまさに住み手を主にするための道具だ。筆者はゲームをやらないが「人生はゲーム」という言葉は昔からある。人生もゲームも自分が主役となる。ただ、人生というゲームは主役を代わることができない。自分の人生を代わりに生きてくれる人などいないからだ。
「ミュージション」に入居したいという待機者がついに6000人を超えたらしい。自分が主役となる時間や感性に満ちた暮らしを求めている人たちがいかに多いかという証明である。しかし市場への供給はまだまだ足りない。
今は事業者による事業者のための住まいではなく、住み手がその感性を取り戻し主体的に生きるための住まいが求められている。