【特集】現地ルポ・その後の神戸(2)
<セットバックで道路拡幅>
そもそも、この一帯は神戸市総合基本計画で西部副都心地区の一部として位置付けられていた。震災前は商店街と戦前長屋などからなる利便性の高い住宅地だったが、平均宅地面積が約四十五平方メートルという狭小住宅が集積、住宅の老朽化、道路・公園等都市基盤の不足などが課題だった。高齢化率も高かった。そうした町が地震で、ほぼすべての建物が焼失するという大きな被害を受けたのだ。
復興への第一歩は、野田北部まちづくり協議会(浅山三郎会長)が狭小宅地での住宅再建を図り、良好な住環境を整備するための「街並み誘導型地区計画」を導入する街づくり案を神戸市に提出することから始まった。同制度は、地区全体で建物の高さや敷地面積の最低限度などのルールを決めると、市長の認定で容積率などの制限を適用除外でき、住宅再建などがやりやすくなるというものだ。これは比較的早く決定した。これをうけて、神戸市で初めて野田北部地区(長楽町、本庄町の各二―四丁目)が「街なみ環境整備事業」地区に指定された。狭い道路を広げ、ゆとりある空間を確保するため、家の門や塀をセットバックさせたりすると、住民に行政から補助が出る制度だ。地区内の道路の多くが幅三メートルしかなく、再建するためには建築基準法で定められている四メートル以上に拡幅しなければならなかったからである。行政と一体となっての、再建への取り組みは力強くスタートしたのだ。










