歴史的に見て、日本の住まいは開放的に作られてきました。現在でも農村地帯に行けば、障子などが開け放たれた住まいを目にすることができます。国土環境的にも、主たる文化圏が温暖な太平洋側地域、つまり亜熱帯に近い気候にあったため、「住まいは夏をもって旨とすべし」というような開放的居住文化が根付いたと考えられます。
戦後一般化した高気密
戦後の一般的な住まいも、十分に開放的でした。木製建具の隙間からは北風が容赦なく吹き込み、薄いトタン屋根を焦がす夏の日射は室内を、蒸風呂のようにしていたのです。その後、日本経済の復興と同時に激しい都市化が進行し、住まいは次第に閉鎖的になっていきました。





















