「住宅新報」は長い歴史を重ねている。昔は社内に組版ソフトなどなかった。締め切りの金曜日夜、記者は原稿を書き終えると、それに見出し伝票を付けてブランケット版の割り付け用紙にホチキスで留めていた。当番になっている記者が各面のそれをまとめて印刷工場の工程室まで届けていた。それを見届けるや否や、残った記者がいっせいに居酒屋に繰り出すという寸法だ。
その頃、東京・虎ノ門の西新橋一丁目交差点近くに「さざえ」という店があった。金曜日に限らず平日のいつ行っても、わが社の社員の誰かがいるぐらい馴染みの店だった。
小柄で優しかったママさんの名前は忘れたが丸い頬をした可愛いらしい女性だった。住宅新報のことはもちろん、誰がどんな仕事をしているのかまで分かっているママさんがいる店で飲む酒は、やはりどこか格別だったように思う。


















