幸福論的「住宅論」◇1 「住まい」と「感性」 〝自分らしさ〟にこだわる
住宅新報 2018年7月3日 号 11面
連載: 幸福論的「住宅論」

日中はビルなどの人工物で囲まれた都会で働く現代人にとって、住宅が疲れた心を癒やす憩いの場となれるのか大きな課題だ
〝ハード〟である住宅を、幸福という目に見えない〝ソフト〟の問題として論じてみたい。なぜなら日本は、住宅を面積や耐震性、最新設備など物理的側面から見ることが多い。にもかかわらず、住宅を購入する根源的動機については「家族が幸福になるため」と臆することなく語る。ハードをハードとして評価することが、どうして幸福という目に見えない微妙なソフトを手に入れることにつながるのか。その〝落差〟を埋めないかぎり、日本人は決して幸福にはなれないと思うからである。
幸せが快適に暮らすことや生活が便利になることに依拠するのであれば、現代人は過去のどの時代よりも幸せに生きていることになる。特に、都会で暮らすことはその利便性において〝幸福の極致〟といえるだろう。
しかし、幸せが何かを創造すること、それによって自らの〝生〟を感じることにあるのだとすれば、現代という社会はそのような躍動感を阻む障害物に満ちあふれている。

















