入社してすぐはバイト時代と同じ管理の仕事をしていましたが、あるときから社長室付を命じられ、かばん持ちから運転手、総務や会計といった業務に携わるようになりました。その後、企画開発の部署で未開発物件のアイデアを出し宅地造成した物件の建売などの仕事もさせてもらいました。とにかく父が出かけるときには一緒に連れ出され、会合やパーティーなどで諸先輩方に紹介されるとともに、交渉や情報交換する姿を間近でみることができました。きっと「俺の背中をしっかりみとけ」という気持ちだったのだと思います。実際にその人脈や知識量の多さ、記憶力はものすごく、その姿を見ながら社長の仕事というものを少しずつ理解していったように思います。
■多くの仲間との出会いが支え
翔経塾との出会いも、26、27歳ごろ、父に連れられていったところで、花沢ヘッドクウォーターの花沢代表にお会いしたことがきっかけです。
























