ひと 「人に恵まれ今がある」 ブラインドラグビー日本代表オープンハウス・ディベロップメント 細谷 健太さん
住宅新報 2024年1月9日 号 2面
連載: ひと

ブラインドラグビーは15年にイギリスで考案され日本には18年に上陸。翌19年に協会が設立された、。タックルは禁止で中に鈴の入ったボールを使用する。弱視の競技者が多いが、〝右が見えない〟〝まぶしさがダメ〟といった、〝見え方の多様性〟に左右される側面もある。「隣にだれがいるかによってプレースタイルを変える必要がある。パスを出せる方向を探るなど、いかに伝えるかが大事。頭も使う。そもそもパスが難しいが、失敗も楽しい」と目を輝かせる。
高校卒業後、住宅メーカーに就職し、現場監督を務めたが、更なる成長を求め、21歳でオープンハウスグループに中途入社した。人材派遣会社の紹介を通じて同社の事業部長と出会い、〝この人と働きたい〟と思ったのが最初の転機だ。やがて新入社員の教育担当などを任されるようになっていたが、有休を消化中に「毎朝起きるたびに目が悪くなるのを実感した」。指定難病のレーベル遺伝性視神経症だった。
1年の休職後に復職。現在は音声パソコンや拡大読書器などを使いこなし、施工企画業務に携わる。復職直後は、視覚障碍者の雇用前例がない中、1年間サテライトオフィスで支援機器を使いながら、できる仕事とできない仕事を探った。復職の原動力となったのは「今まで戦ってきてくれた戦友なんだから、大変な時は会社に甘えろ」という事業部長の言葉だった。「同僚や上司がこまめに連絡をくれるなど、人に恵まれ、周りに助けられた」。ゼロから競技を始める契機も病気を通じた出会いだった。「今は〝目が悪くなって良かった〟と思う」と笑う。
























