全国まち・住宅・不動産 話題のスポット 日本不動産研究所(53) 東京都 再開発進む「大丸有」地区 「広がり」と「深まり」を 日本の表玄関 歴史息づく最先端都市
住宅新報 2012年5月22日 号 12面
連載: 全国まち・住宅・不動産
千代田区大手町・丸の内・有楽町地区(以下、「大丸有地区」)は、東京駅丸の内赤煉瓦駅舎と皇居の間に立地する約120ヘクタールの日本を代表するビジネスセンターである。丸の内地区は、明治21年公布で最初の都市計画法である東京市区改正条例により、市街地に指定された。丸の内の街づくりは明治23年3月、三菱社(三菱地所(株))岩崎彌之助氏に、丸の内陸軍省用地及び神田三崎町練兵場土地を払い下げたことに始まる。面積は35ヘクタール余、金額は128万円であった。一丁倫敦時代は、明治時代に赤煉瓦建築群を、一丁紐育時代は、大正時代に鉄筋コンクリート造り白亜の高層ビル群を次々に建築した。
第2ステージを推進中
現在の大丸有地区を概観すると、大手町地区は、都市再生機構が連鎖型都市再生プロジェクトを進め、約13ヘクタールで土地区画整理事業を行い、第一弾の大手町一丁目地区は日経ビル、JAビル、経団連会館などが09年春に延べ床面積約24ヘクタールで竣工済み。丸の内地区は、三菱地所(株)が98年に丸の内再構築を始動し、開かれた多様性のある街へ転換を果たすため、第1ステージで東京駅前周辺を重点的に機能更新し、丸の内ビルディングなど6棟、延べ床面積約75ヘクタールを建て替えた。現在は、第2ステージ(08~17年)に入り、街の活気と賑わいを、更なる「広がり」と「深まり」へ進展させるべく、丸の内永楽ビルディングなどを竣工させている。有楽町地区は、有楽町イトシアが07年に完成し、銀座への歩行者動線も大きく変化した。























