残したい情景~文化的歴史的所産を巡る~ 第36回 福岡県福岡市 一般財団法人 日本不動産研究所 太閤町割りから続く商人の町 博多を彩る町屋の利活用
住宅新報 2020年1月21日 号 12面
商人の町として栄えてきた博多。その中心部は、1587年の「太閤町割り」と呼ばれる区画整理事業で骨格がつくられたことは、あまり知られていない。豊臣秀吉による町割りの結果、間口が狭く奥行きの深い独特の町屋区画が出来上がった。間口5メートル、奥行20メートル程度の細長い区画だ。
うどん発祥の地 現在、博多で町屋が残っているのは上呉服町などわずかなエリアだけだ。考えられる理由は、福岡市が先の大戦でB29の大空襲を受けて焦土と化したため、武家屋敷や町家などの伝統的な家屋や街並みが残っていないからだろう。
さて、わずかに町家が残る上呉服町は、博多駅の隣駅である地下鉄「祇?園」駅から徒歩5分程度、大博通りの背後にたたずむように存在する。博多町家が点在するその範囲は予想外に小規模で、京都の町屋や金沢の茶屋街と比較するとほぼ残ってないと言ったほうが正しいかもしれない。























