知って得する建物の豆知識 352 建築家・磯崎新 帰還不能点を過ぎた地球への思い
住宅新報 2023年1月24日 号 8面
連載: 知って得する建物の豆知識
磯崎新さん(1931年生)が昨年末に91歳で亡くなられました。生まれは大分県大分市、学生時代から熟年までは東京、晩年になって沖縄に居を移されていました。磯崎さんが亡くなったことを多くのマスコミが報道していました。しかし、そのほとんどは「デビュー作が『つくばセンタービル』(1983年)で、ポストモダン建築の騎手」と言う扱いでした。
筆者は磯崎さんのデビュー作は大分県医師会館(1960年)と考えます。空中に浮いた楕円形断面のシリンダーは、当時の建築界を瞠目させる斬新なデザインでした。残念ながら1999年に取り壊されてしまいましたが、取り壊しへの反対運動は藤森照信、石山修武、六角鬼丈、吉武泰水、菊竹清訓、林昌二、黒川紀章、安藤忠雄、谷口吉生、ハンス・ホライン、アルヴァロ・シザ、リカルド・ボフィル、ハビエル・マリスカル、スティーヴン・ホール(敬称略)などによって行われました。これほど多くの著名建築家が価値を認めていた最初期の建築こそが磯崎さんのデビュー作にふさわしいのではないでしょうか。
実業家だった父親は大分や別府では名の知られた知識人であり、そのツテもあって弱冠29歳の建築家が医師会館設計の仕事を得たと聞いています。ツテというと実力のないものが下駄を履かせてもらうイメージがありますが、東大在学中から大岡信氏や大手新聞社主筆、建築雑誌の編集長等のカルチャー・エスタブリッシュメントと親交があり、その建築的な発想は既に広く・高く評価されていました。医師会館設計については正当な能力と実力を持つものが、当然の結果を得たと見るべきです。























