彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇216 中古や賃貸とは違う 新築好きの日本人 何が失われるのか
住宅新報 2026年3月10日 号 17面
連載: 彼方の空
日本人の新築志向は根強い。最近でこそ中古を選ぶ人たちも増えているが、それは新築価格の高騰で手が届かなくなったゆえのやむを得ない選択で決して積極的志向ではない。
「新築の家」を好む感覚は、日本人独特の清潔感からくる神聖なものだ。その象徴が家には靴を脱いでから上がるという習慣である。玄関には必ず上がり框(かまち)があって、〝土足で家に上がる〟という感覚が日本人にはない。更に、その清潔な家のいちばん高いところには神棚を祀る。また、結婚、出産など人生の節目、新しい門出を祝うには新しい住まいがふさわしいという感性ももっている。だが、そうした日本人の新築志向が新築価格の高騰で失われようとしている。
では今後、日本人の多くが向かう中古住宅市場は日本人の精神に何をもたらすのだろうか。それは中古住宅に自ら手を加えることで〝自分らしい住まい〟につくりかえるという造形力の目覚めである。事業者から「提供された形」に満足するのではなく、自らの感性で心を癒す空間を生み出す力である。
日本人にはもともとそうした造形美に対する繊細な感覚が備わっている。そこには神聖さとは異なるものの、己を知ろうとする哲学的思考がある。
恐ろしい少子化
日本人の新築志向の背景には清潔を好む精神文化だけでなく、減価の速い建物評価制度、新築有利の税制・金融制度、そして何よりも大手ディベロッパーやハウスメーカーによる建て替えを前提とした供給(フロー)主導型の住宅市場があった。
だが、それも少子化による人口減少、単身化(生涯未婚)など人口動態を大きく変えるうねりの中でストック化という形態に変わりつつある。少子化の原因は生涯未婚者や、結婚しても子供をつくらないか、一人以上は産まない夫婦が増えているからである。
これを機械化・効率社会に生きる現代人の〝進化〟と見るのか、なんらかの作用による種族保存本能の劣化と見るかは別にして、住宅産業に与える打撃は大きい。人口減少が続くなら、リノベーション技術を活用し新築並みに再生したストックを使い回していけば、家は十分足りてしまうからである。
そもそも、単身世帯や小家族世帯にとって持ち家は必要だろうか。
住宅ローンの利子や子供の生涯教育費を減らした分だけ家計に余力が生まれると思えば〝生涯賃貸暮らし〟という選択肢にも将来不安はない。それどころか、その時々のライフスタイルにマッチした〝新築〟賃貸に住み替えるという優雅な人生を送ることができる。だからこれから新築供給が求められるのはむしろ賃貸住宅市場である。
これまで我が国の賃貸住宅は個人地主による「相続税対策」として供給されてきたものが多いため、持ち家に比べるとその住環境のレベルが低い。単に狭いということだけでなく、どういう暮らしを届けたいのかというコンセプトに欠けている。地域ディベロッパーのリブランが展開する楽器演奏用賃貸マンション「ミュージション」の空(アキ)を待つ待機組がついに1万人を突破したという事実がそれを物語る。
◇ ◇
それにしても、本当に日本人から〝新築〟の夢を奪ってもいいのだろうか。
着工前には地鎮祭を行い、工事の安全と家族の繁栄を祈る日本人固有の精神文化が失われたら、日本はどうなってしまうのか。近代国家になってからも「家」は日本人の心の支柱である。日本人はどんなに所得格差が広がっても暴動を起こす民族ではない。耐えることに長け、世界に類を見ないほどおとなしいといわれる日本の民衆を支える粘り強さは心の中にある。
〝神聖な家〟に対する崇拝心を失ったとき、民はその力を失い、国としての輝きもなくなっていくのではないかと心配だ。
























